孫子

始計 第一

孫子曰、兵者国之大事、死生之地、存亡之道、不可不察也、
 孫子曰く、兵は国の大事、死生の地、存亡の道、察せざるべからず、
故経之以五事、校之以計、而索其情、
 故に之を経するに五事を以てし、之を校(はか)るに計を以てして、其の情を索(もと)む、
一曰道、二曰天、三曰地、四曰将、五曰法、
 一に日く道、二に日く天、三に日く地、四に日く将、五に日く法、
道者、令民与上同意、可与之死、可与之生、而不畏危也、
 道は民をして上と意を同じくし、之と死すべく、之と生きるべくして、畏れ危ぶまざらしむ、
天者、陰陽寒暑時制也、
 天は陰陽、寒暑の時を制するなり、
地者遠近、険易、広狭、死生也、
 地は遠近、険易、広狭、死生なり、
将者、智、信、仁、勇、厳也、
 将は智、信、仁、勇、厳なり、
法者、曲制官道、主用也、
 法は曲制、官道の主用なり、
凡此五者、将莫不聞、知之者勝、不知者不勝、
 凡そ此の五の者は、将聞かざる莫し、之を知る者は勝ち、知らざる者は勝たず、
10 故校之以計而索其情、
 故に之を校(はか)るに計を以てし其の情を索(もと)む、
11 曰、主孰有道、
 曰く、主孰れか道有る、
12 将孰有能、
 将、孰れか能有る、
13 天地孰得、
 天地、孰れか得る、
14 法令孰行、
 法令、孰れか行わるる、
15 兵衆孰強、
 兵衆、孰か強し、
16 士卒孰練、
 士卒、孰か練す、
17 賞罰孰明、
 賞罰、孰か明かなる、
18 吾以此知勝負矣
 吾此れを以て勝負を知る、
19 将聴吾計用之必勝、留之、将不聴吾計用之必敗、去之、
 将(は)た吾が計を聴き之を用いれば必ず勝つ、之に留まる、将(は)た吾が計を聴きて之を用いざれば、必ず敗る、之を去る、
20 計利以聴、乃為之勢、以佐其外、
 計利ありて以て聴く、乃ち之が勢を為して、以て其の外を佐(たす)く、
21 勢者、因利而制其権也、
 勢は利に因りて其の権を制するなり、
22 兵者詭道也、
 兵は詭道なり、
23 故能而示之不能、用示之不用、
 故に能にして之に不能を示し、用にして之に不用を示す、
24 近而示之遠、遠而示之近、
 近くして之に遠きを示し、遠くして之に近きを示す、
25 利而誘之、乱而取之、
 利して之を誘(あざむ)く、乱して之を取る、
26 実而備之、強而避之、
 実して之に備え、強くして之を避く、
27 怒而撓之、
 怒らして之を撓(みだ)す、
28 卑而驕之、
 卑(ひく)くしてて之を驕らす、
29 佚而労之、
 佚にして之を労す、
30 親而離之、
 親しみて之を離す、
31 攻其無備、出其不意、
 其の備え無きを攻め、其の不意に出ず、
32 此兵家之勝、不可先伝也、
 此れ兵家の勝、先(さき)に伝うべからざるなり、
33 夫未戦而廟算、勝者得算多也、未戦而廟算不勝者得算少也、多算勝、少算不勝、而況於無算乎、吾以此観之勝負見矣、
 夫れ未だ戦わずして廟算(びょうさん)するに、勝つ者は算を得ること多きなり、未だ戦わずして廟算するに、勝たざる者は算を得ること少きなり、算多きは勝ち、算少なきは勝たず、況んや算無きに於てをや、吾れ此を以て之を観て勝負見ゆ、


作戦 第二

孫子曰、凡用兵之法、馳車千駟、革車千乗、帯甲十万、千里饋糧、則内外之費、賓客之用、膠漆之材、車甲之奉、日費千金、然後十万之師挙矣、
 孫子曰く、凡そ兵を用いる法、馳車(ちしゃ)千駟(し)、革車千乗、帯甲十万、千里に糧を饋(おく)る、則ち内外の費、賓客の用、膠漆(こうしつ)の材、車甲の奉、日に千金を費す、然る後十万の師挙(あ)ぐ、
其用戦也、勝久則鈍兵挫鋭、攻城則力屈、久暴師則国用不足、
 其の戦を用いる、勝つも久しければ則ち兵を鈍らし鋭を(1)挫(くじ)く、城を攻めれば則ち力屈(つ)く、久しく師を暴(さら)せば則ち国用足らず、
夫鈍兵挫鋭、屈力殫貨、則諸侯乗其弊而起、雖有智者、不能善其後矣、
 夫れ兵を鈍らし鋭を挫き、力を屈(つく)し貨を殫(つく)す、即ち諸侯其の弊に乗じて起こる、智者有りと雖も其の後を善(よ)くすること能わず、
故兵聞拙速、未覩巧之久也、
 故に兵拙速を聞きて、未だ巧の久しきを覩(み)ざる也、
夫兵久而国利者、未之有也、
 夫れ兵久しく国の利なるは未だ之有らざるなり、
故不尽知用兵之害者、則不能尽知用兵之利也、
 故に用兵の害を尽く知らざる者は、則ち用兵の利を尽く知ること能わず、
善用兵者、役不再籍、糧不三載、取用於国、因糧於敵、故軍食可足也、
 善く兵を用いる者は役再籍せず、糧三載せず、用を国に取り、糧を敵に因る、故に軍食足るべきなり。
国之貧於師者遠輸、遠輸則百姓貧、
 国の師に貧しきは遠輸なり、遠輸すれば即ち百姓貧し、
近於師者貴売、貴売則百姓財竭、財竭則急於丘役、
 師に近きは貴(たか)く売る、貴く売れば則ち百姓財竭く、財竭くれば則ち丘役に急なり、
10 力屈財殫中原、内虚於家、百姓之費十去其七、
 力屈し財中原に殫(つ)く、内家に虚(むな)し、百姓の費十に其の七を去る、
11 公家之費、破車罷馬、甲冑矢弩、戟楯蔽櫓、丘牛大車、十去其六、
 公家之費、車を破り馬を罷(つか)らし、甲冑(かっちゅう)矢弩(しど)、戟楯(げきじゅん)蔽櫓(へいろ)、丘牛大車、十に其の六を去る、
12 故智将務食於敵、食敵一鍾当吾二十鍾、?秆一石当吾二十石、
 故に智将は敵に食するを務む、敵の一鍾を食すれば、吾二十鍾に当る、?秆(きかん)一石は吾二十石に当る、
13 故殺敵者怒也、
 故に敵を殺すは怒なり、
14 取敵之利者貨也、
 敵の利を取るは貨なり、
15 故車戦得車十乗以上、賞其先得者而更其旌旗、車雑而乗之、卒善而養之、是謂勝敵而益強、
 故に車戦に車十乗以上を得ば、其の先ず得らるるを賞し其の旌旗を更え、車雑えて之に乗らしむ、卒は善くし之を養う、是敵に勝ちて強を益すと言う、
16 故兵貴勝、不貴久、
 故に兵は勝を貴びて、久しきを貴ばず、
17 故知兵之将、民之司命、国家安危之主也、
 故に兵を知るの将は民の司命、国家安危の主なり、


謀攻 第三

孫子曰、夫用兵之法、全国為上、破国次之、全軍為上、破軍次之、全旅為上、破旅次之、全卒為上、破卒次之、全伍為上、破伍次之、是故百戦百勝非善之善者也、不戦而屈人之兵善之善者也、
 孫子曰く、夫れ兵を用いるの法は、国を全くするを上と為す、国を破るは之に次ぐ、軍を全くするを上と為す、軍を破るは之に次ぐ、旅を全くするを上と為す、旅を破るは之に次ぐ、卒を全くするを上と為す、卒を破るは之に次ぐ、伍を全くするを上と為す、伍を破るは之に次ぐ、是の故に百たび戦いて百たび勝つは、善の善なる者に非ざるなり、戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり、
故、上兵伐謀、其次伐交、其次伐兵、其下攻城、攻城之法為不得已、修櫓轒轀、具器械三月而後成、距闉又三月而後已、将不勝其忿而蟻附之、殺士卒三分之一而城不抜者、此攻之災也、
 故に上兵は謀を伐ち、其の次は交を伐ち、其の次は兵を伐つ、其の下は城を攻める、城を攻めるの法、已むを得ざるためなり、櫓(ろ)轒轀(ふんうん)を修め、器械を具うる三月にして成る、距闉(きょいん)又三月にして已む、将其の忿(ふん)に勝(た)えずして之に蟻附す、士卒三分之一を殺して城抜かざるは、此れ攻るの災なり、
故善用兵者、屈人之兵而非戦也、抜人之城而非攻也、毀人之国而非久也、必以全争於天下、故兵不頓而利可全、此謀攻之法也、
 故に善く兵を用いる者は、人の兵を屈するは戦うに非ざるなり、人の城を抜くは攻めるに非ざるなり、人の国を毀(やぶ)るは久しきに非ざるなり、必ず全きを以て天下に争う、故に兵頓(にぶら)さずして利全かるべし、此れ謀攻の法なり、
故用兵之法、十則囲之、五則攻之、倍則分之、敵則能戦之、少則能逃之、不若則能避之、故小敵之堅大敵之擒也、
 故に兵を用いるの法、十ならば則ち之を囲む、五ならば則ち之を攻む、倍ならば則ち之を分つ、敵(ひと)しければ則ち能く之と戦う、少なければ則ち能く之を逃ぐ、若かざれば則ち能く之を避く、故に小敵の堅は大敵の擒なり、
夫将者、国之輔也、輔周則国必強、輔隙則国必弱、
 夫れ将は国の輔なり、輔周なれば則ち国必ず強し、輔隙(げき)あれば則ち国必ず弱し、
故君之所以患於軍者三、
 故に君の軍に患うる所以は三、
不知軍之不可以進而謂之進、不知軍之不可以退而謂之退、是謂縻軍、
 軍の以て進むべからずを知らずして之に進めと謂う、軍の以て退くべからずを知らずして之に退けと謂う、是縻軍(びぐん)と謂う、
不知三軍之事而同三軍之政者、則軍士惑矣、
 三軍の事を知らずして三軍の政を同じくする者あれば則ち軍士惑う、
不知三軍之権、而同三軍之任、則軍士疑矣、
 三軍の権を知らずして、三軍の任を同じくすれば則ち軍士疑う、
10 三軍既惑且疑則、諸侯之難至矣、是謂乱軍引勝、
 三軍既に惑い且つ疑えば則ち諸侯の難至る、是れ軍を乱して勝を引くと謂う、
11 故知勝有五、
 故に勝ちを知る五有り、
12 知可以与戦不可以与戦者勝、
 以て戦うべく以て戦うべからざるを知る者は勝つ、
13 識衆寡之用者勝、
 衆寡の用を識る者は勝つ、
14 上下同欲者勝、
 上下欲を同じくするは勝つ、
15 以慮待不慮者勝、
 慮以て不慮を待つは勝つ、
16 将能而、君不御者勝、
 将能あって君御せざるは勝つ、
17 此五者、知勝之道也、
 此の五は勝を知るの道なり、
18 故曰、知彼知己、百戦不殆、不知彼而知己、一勝一負、不知彼不知己毎戦必敗、
 故に曰く、彼を知り己を知れば、百戦殆うからず、彼を知らず己を知れば一勝一負す、彼を知らず己を知らざれば戦う毎に必ず敗る、


軍形 第四

孫子曰、昔之善戦者、先為不可勝、以待敵之可勝、
 孫子曰く、昔の善く戦う者は先ず勝つべからざるを為す、以て敵の勝つべきを待つ、
不可勝在己、可勝在敵、
 勝つべからざるは己に在り、勝つべきは敵に在り、
故善戦者、能為不可勝、不能使敵之必可勝、
 故に善く戦う者は能く勝つべからざるを為せども、敵をして之に必ず勝つべからしむこと能わず、
故曰勝可知而不可為、
 故に曰く勝は知るべく為すべからず、
不可勝者守也、可勝者攻也、
 勝つべからざるは守りなり、勝つべきは攻めるなり、
守則不足、攻則有余、
 守れば則ち足らず、攻めれば則ち余り有り、
善守者蔵於九地之下、善攻者動於九天之上、
 善く守る者は九地の下に蔵(かく)る、善く攻める者は九天の上に動く、
故能自保而全勝也、
 故に自ら保ちて全く勝つなり
見勝不過衆人之所知、非善之善者也、
 勝を見る衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なるものに非ざるなり、
10 戦勝而天下曰善、非善之善者也、
 戦勝ちて天下善と曰うは、善の善なる者に非ざるなり、
11 故挙秋毫不為多力、見日月不為明目、聞雷霆不為聡耳、
 故に秋毫(しゅうごう)を挙げる多力と為さず、日月を見る明目と為さず、雷霆(らいてい)を聞く聡耳と為さず、
12 古之所謂善戦者、勝於易勝者也、
 古の所謂善く戦う者は勝ち易きに勝つなり、
13 故善戦者之勝也、無智名無勇功、
 故に善く戦う者の勝つや智名無く勇功無し、
14 故其戦勝不忒、
 故に其の戦い勝つこと忒(たが)わず、
15 不忒者其所措必勝、勝已敗者也、
 忒わざるは其の必勝を措く所、已に敗る者に勝つなり、
16 故善戦者立於不敗之地、而不失敵之敗也、
 故に善く戦う者は不敗の地に立ち、敵の敗を失わざるなり、
17 是故勝兵先勝而後求戦、敗兵先戦而後求勝、
 是の故に勝兵は先ず勝ち而して後戦いを求む、敗兵は先ず戦い而して後勝を求む、
18 善用兵者、修道而保法、故能為勝敗之政、
 善く兵を用いる者は道を修めて法を保つ、故に能く勝敗の政を為す、
19 兵法、一曰度、
 兵法、一に曰く度、
20 二曰量、
 二に曰く量、
21 三曰数、
 三に曰く数、
22 四曰称、
 四に曰く称、
23 五曰勝、
 五に曰く勝、
24 地生度、
 地度を生ず、
25 度生量、
 度量を生ず、
26 量生数、
 量数を生ず、
27 数生称、
 数称を生ず、
28 称生勝、
 称勝を生ず、
29 故勝兵若以鎰称銖、敗兵若以銖称鎰
 故に勝兵は鎰(いつ)以て銖(しゅ)を称(はか)るが若し、敗兵は銖(しゅ)以て鎰(いつ)を称(はか)るが若し、
30 勝者之戦、若決積水於千仞之谿者形也、
 勝つ者の戦は、積水を千仞之谿に決するが若きは形なり、


兵勢 第五

孫子曰、凡治衆如治寡分数是也、
 孫子曰く、凡そ衆を治める寡を治めるが如きは分数是なり、
闘衆如闘寡形名是也、
 衆を闘(たたかわ)しむる寡を闘しむるが如くするは形名是なり、
三軍之衆、可使必受敵而無敗者、奇正是也、
 三軍の衆、必ず敵を受け敗無からしむべきは奇正是なり、
兵乃所加、如以碬投卵者、虚実是也、
 兵の加わる所、碬(か)以て卵に投じる如きは、虚実是なり、
凡戦者以正合為奇勝、
 凡そ戦は正以て合い、奇を為して勝つ
故善出奇者、無窮如天地、不竭如江河、
 故に善く奇を出す者は窮まり無きこと天地の如し、竭きざること江河の如し、
終而復始日月是也、死而復生四時是也、
 終て復た始まる日月是なり、死して復た生ず四時是なり、
声不過五、五声之変不可勝聴也、色不過五、五色之変不可勝観也、味不過五、五味之変不可勝嘗也、戦勢不過奇正、奇正之変不可勝窮也、
 声、五に過ぎず、五声の変(1)勝(あげ)て聴くべからず、色、五に過ぎず、五色の変勝て観るべからず、味、五に過ぎず、五味の変勝て嘗(な)むべからず、戦勢、奇正に過ぎず、奇正の変勝て窮むべからず、
奇正相生、如循環之無端、孰能窮之哉、
 奇正相生じ、循環の端無きが如し、孰か能く之を窮めんや、
10 激水之疾、至於漂石者勢也、鷙鳥之疾、至於毀折者節也、
 激水の疾き、石を漂(ただよわ)すに至るは勢なり、鷙鳥(しちょう)の疾き、毀折に至るは節なり、
11 是故善戦者、其勢険、其節短、
 是故に善く戦う者は、其の勢険、其の節短し、
12 勢如彍弩、節如発機、
 勢は弩(ど)を彍(は)るが如く、節は機を発するが如し、
13 紛紛紜紜闘乱、而不可乱也、渾渾混混形円、而不可敗也、
 紛紛紜紜(ふんふんうんうん)闘い乱れて、乱るべからざるなり、渾渾混混(こんこんこんこん)形円(かたちえん)にして、敗るべからざるなり、
14 乱生於治、怯生於勇、弱生於強、
 乱は治に生じ、怯は勇に生じ、弱は強に生ず、
15 治乱数也、勇怯勢也、強弱形也、
 治乱は数なり、勇怯は勢なり、強弱は形なり、
16 故善動敵者、形之敵必従之、予之敵必取之、
 故に善く敵を動かす者は、之を形にして敵必ず之に従う、之に予(あた)えて敵必ず之を取る、
17 以利動之、以卒待之、
 利以て之を動かし、卒以て之を待つ、
18 故善戦者、求之於勢、不責之於人、
 故に善く戦う者は、之を勢に求めて、之を人に責めず、
19 故能択人而任勢、
 故に能く人を択(えら)びて勢を任ぜしむ、
20 任勢者其戦人也如転木石、木石之性安則静、危則動、方則止、円則行、
 勢に任ずる者は其の人を戦わしむるや木石を転(ころば)すが如し、木石の性安なれば則ち静かに、危うれれば則ち動き、方なれば則ち止まり、円なれば則ち行く、
21 故善戦人之勢、如転円石於千仞之山者勢也、
 故に善く人を戦わしむるの勢、円石を千仞の山に転ばすが如きは勢なり、


虚実 第六

孫子曰、凡先処戦地而待敵者佚、後処戦地而趨戦者労、
 孫子曰く、凡そ先(さき)に戦地に処(お)りて敵を待つ者は佚(いっ)す、後に戦地に処りて戦に趨く者は労す、
故善戦者致人、而不致於人、
 故に善く戦う者は人を致して、人に致されず、
能使敵人自至者利之也、能使敵人不得至者害之也、
 能く敵人をして自ら至らしむるは之を利すればなり、能く敵人をして至るを得ざらしむるは之を害すればなり、
故敵佚能労之、飽能飢之、安能動之、
 故に敵佚するも能く之を労し、飽くも能く之を飢やし、安も能く之を動かす、
出其所必趨、趨其所不意、
 其の必ず趨(おもおむ)く所に出で、其の意(おも)わざる所に趨く、
行千里而不労者、行於無人之地也、
 千里を行きて労せざる者は無人の地を行けばなり、
攻而必取者、攻其所不守也、守而必固者、守其所不攻也、
 攻めて必ず取るは、其の守らざる所を攻めるなり、守りて必ず固きは、其の攻めざる所を守るなり、
故善攻者、敵不知其所守、善守者、敵不知其所攻、
 故に善く攻める者は、敵其の守る所を知らず、善く守る者は、敵其の攻める所を知らず、
微乎微乎至於無形、神乎神乎至於無声、故能為敵之司命、
 微なるかな微なるかな形無きに至る、神なるかな神なるかな声無きに至る、故に能く敵の司命と為る、
10 進而不可禦者、衝其虚也、退而不可追者、速而不可及也、
 進みて禦ぐべからざるは、其の虚を衝(つ)けばなり、退いて追うべからざるは、速にして及ぶべからざるなり、
11 故我欲戦敵雖高壘深溝、不得不与我戦者、攻其所必救也、我不欲戦雖画地而守之、敵不得与我戦者、乖其所之也、
 故に我戦いを欲すれば敵壘(るい)を高くし溝を深くすると雖も、我と戦わざるを得ざるは、其の必ず救う所を攻めればなり、我戦いを欲せざれば地を画して之を守ると雖も、敵我と戦うを得ざるは其の之(ゆ)く所に乖(そむ)けばなり、
12 故形人而我無形、則我専而敵分、
 故に人に形して我形無し、即ち我専らにして敵分かる、
13 我専為一、敵分為十、是以十攻其一也、則我衆而敵寡、
 我専らにして一と為り、敵分かれて十と為る、是れ十以て其の一を攻めるなり、則ち我衆にして敵寡なり、
14 能以衆撃寡者、則吾之所与戦者約矣、
 能く衆以て寡を撃つ者は、則ち吾の戦う所は約なり、
15 吾所与戦之地不可知、不可知、則敵所備者多、敵所備者多、則吾所与戦者寡矣、
 吾が戦う所の地知るべからず、知るべからざれば、則ち敵の備える所は多し、則ち吾が戦う所は寡し、
16 故備前則後寡、備後則前寡、備左則右寡、備右則左寡、無所不備則無所不寡、
 故に前に備えれば則ち後寡し、後に備えれば則ち前寡し、左に備えれば則ち右寡し、右に備えれば則ち左寡し、備えざる所無ければ則ち寡からざる所無し、
17 寡者備人者也、衆者使人備己者也、
 寡は人に備えるものなり、衆は人をして己に備えしめるものなり、
18 故知戦之地、知戦之日、則可千里而会戦、
 故に戦いの地を知り、戦いの日を知れば、則ち千里に会戦すべし、
19 不知戦地不知戦日、則左不能救右、右不能救左、前不能救後、後不能救前、而況遠者数十里、近者数里乎、
 戦の地、戦の日を知らざれば、則ち左は右を救う能わず、右は左を救う能わず、前は後を救う能わず、後は前を救う能わず、況んや遠きもの数十里、近きもの数里をや。
20 以吾度之、越人之兵雖多、亦奚益於勝敗哉、
 吾以て之を度(はか)るに、越人の兵多しと雖も、亦た奚んぞ勝敗に益あらんや、
21 故曰勝可為也、敵雖衆可使無闘、
 故に勝は為すべきなり、敵衆(おお)しと雖も闘うこと無からしむべし、
22 故策之而知得失之計、
 故に之に策(はか)りて得失の計を知る、
23 作之而知動静之理、
 之を作(おこ)して、動静の理を知る、
24 形之而知死生之地、
 之に形して死生の地を知る、
25 角之而知有余不足之所、
 之に角(ふ)れて有余不足の所を知る、
26 故形兵之極、至於無形、
 故に兵を形にするの極は無形に至る、
27 無形、則深間不能窺、智者不能謀、
 無形、則ち深間窺う能わず、智者謀る能わず、
28 因形而措勝於衆、衆不能知、
 形に因りて勝を衆に措(お)く、衆知る能わず、
29 人皆知我所以勝之形、而莫知吾所以制勝之形、
 人皆我が勝つ所以の形を知る、吾が勝ちを制する所以の形を知る莫し、
30 故其戦勝不復、而応形於無窮、
 故に其の戦勝は復(ふたた)びせず、形に無窮に応ず。
31 夫兵形象水、水之形避高而趨下、兵之形避実而撃虚、
 夫れ兵の形は水に象(かたど)る、水の形は高きを避けて下に趨く、兵の形は実を避けて虚を撃つ、
32 水因地而制流、兵因敵而制勝、
 水は地に因りて流れを制す、兵は敵に因りて勝ちを制す、
33 故兵無常勢、水無常形、
 故に兵に常の勢無く、水に常の形無し、
34 能因敵変化、而取勝者謂之神、
 能く敵に因りて変化す、而して勝ちを取るは之を神と謂う、
35 故五行無常勝、四時無常位、日有短長、月有死生、
 故に五行に常勝無し、四時に常位無し、日に短長有り、月に死生有り、


軍争 第七

孫子曰、凡用兵之法、将受命於君、合軍聚衆、交和而舎、莫難於軍争、
 孫子曰く、凡そ兵を用いるの法、将命を君より受け、軍を合わせ、衆を聚(あつ)め、和を交えて舎す、軍争より難きは莫し、
軍争之難者、以迂為直、以患為利、
 軍争の難は迂以て直と為し、患以て利と為す、
故迂其塗而誘之以利、後人発先人至、此知迂直之計者也、
 故(ことさら)に其の塗を迂にして之を誘うに利を以てす、人に後れて発し、人に先んじて至る、此れ迂直の計を知る者なり、
故軍争為利、軍争為危、
 故に軍争利と為り、軍争危と為る、
挙軍而争利則不及、而委軍争利則輜重捐、
 軍を挙げて利を争えば則ち及ばず、軍を委(す)てて利を争えば則ち輜重(しちょう)捐(すた)る、
是故卷甲而趨、日夜不処、倍道兼行、百里而争利則擒三将軍、勁者先疲者後、其法十一而至、五十里而争利則蹶上将軍、其法半至、三十里而争利則三分之二至、是故軍無輜重則亡、無糧食則亡、無委積則亡、
 是の故に甲(よろい)を卷きて趨(はし)る、日夜処(お)らず、道を倍にして兼行す、百里にして利を争えば則ち三将軍擒(いけどり)にせらる、勁き者先んじ、疲れたる者後る、其の法十にして一至る、五十里にして利を争えば則ち上将軍を蹶(つまず)く、其の法半ば至る、三十里にして利を争えば則ち三分の二至る、是の故に軍輜重無ければ則ち亡ぶ、糧食無ければ則ち亡ぶ、委積(いし)無ければ則ち亡ぶ、
故不知諸侯之謀者、不能予交、
 故に諸侯の謀を知らざる者は予(あらかじ)め交わる能わず、
不知山林険阻沮沢之形者、不能行軍、
 山林険阻沮(そ)沢の形を知らざる者は軍を行(や)る能わず、
不用郷道者、不能得地利、
 郷道を用いざる者は地の利を得る能わず、
10 故兵以詐立、以利動、以分合為変者也、
 故に兵は詐以て立ち、利以て動かし、分合以て変を為す者なり、
11 故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷震、
 故に其の疾きこと風の如く、其の徐(しずか)なること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷の震(ふる)うが如し、
12 掠郷分衆、廓地分利、
 郷を掠(かす)めるは衆を分かつ、地を廓(ひろ)めるは利を分かつ、
13 懸権而動、
 権を懸けて動く、
14 先知迂直之計者勝、此軍争之法也、
 迂直の計を先知する者は勝つ、此れ軍争の法なり、
15 軍政曰、言不相聞、故為金鼓、視不相見、故為旌旗、
 軍政に曰く、言相聞こえず、故に金鼓を為(つく)る、視相見えず、故に旌旗を為る、
16 夫金鼓旌旗者、所以一人之耳目也、
 夫れ金鼓旌旗は、人の耳目を一にする所以なり、
17 人既専一、則勇者不得独進、怯者不得独退、此用衆之法也、
 人既に専一なれば、則ち勇者独り進むを得ず、怯者独り退くを得ず、此れ衆を用いるの法なり、
18 故夜戦多火鼓、昼戦多旌旗、所以変人之耳目也、
 故に夜戦火鼓を多くし、昼戦旌旗を多くするは、人の耳目を変ずる所以なり、
19 故三軍可奪気、将軍可奪心、
 故に三軍は気を奪うべし、将軍は心を奪うべし、
20 是故朝気鋭、昼気惰、暮気帰、故善用兵者、避其鋭気、撃其惰帰、此治気者也、
 是の故に朝の気は鋭く、昼の気は惰(おこた)り、暮の気は帰る、故に善く兵を用いる者は、其の鋭気を避けて、其の惰帰を撃つ、此れ気を治める者なり、
21 以治待乱、以静待譁、此治心者也、
 治以て乱を待つ、静以て譁(か)を待つ、此れ心を治める者なり、
22 以近待遠、以伕待労、以飽待餓、此治力者也、
 近以て遠を待ち、伕(いつ)以て労を待ち、飽以て餓を待つ、此れ力を治める者なり、
23 無邀正正之旗、勿撃堂堂之陣、此治変者也、
 正正の旗を邀(むか)うること無し、堂堂の陣を撃つこと勿し、此れ変を治める者なり、
24 故用兵之法、高陵勿向、
 故に用兵の法、高陵に向う勿れ、
25 背丘勿逆、
 丘を背にするを逆(むか)える勿れ、
26 佯北勿従、
 佯り北(に)ぐるを従(お)う勿れ、
27 鋭卒勿攻、
 鋭卒を攻める勿れ、
28 餌兵勿食、
 餌兵(じへい)食(くら)う勿れ、
29 帰師勿遏、
 帰る師は遏(とど)む勿れ、
30 囲師必闕、
 囲む師は必ず闕(か)く、
31 窮寇勿迫、
 窮寇は迫る勿れ、
32 此用兵之法也、
 此れ用兵の法なり、


九変 第八

孫子曰凡用兵之法、将受命於君、合軍聚衆、
 孫子曰く、凡そ兵を用いるの法、将命を君より受け、軍を合わせ、衆を聚む、
圯地無舎、衛地合交、
 圯地(いち)舎(やど)ること無し、衛地(くち)交を合わす、
絶地無留、
 絶地は留ること無し、
囲地則謀、死地則戦、
 囲地則ち謀る、死地則ち戦う、
塗有所不由、
 塗(みち)に由らざる所有り、
軍有所不撃、
 軍に撃たざる所有り、
城有所不争、
 城争わざる所有り、
地有所不争、
 地争わざる所有り、
君命有所不受、
 君命受けざる所あり、
10 故将通於九変之利者知用兵矣、
 故に将九変之利に通じる者は兵を用いるを知る、
11 将不通於九変之利者、雖知地形、不能得地之利、
 将九変の利に通ぜざる者は、地形を知ると雖も、地の利を得る能わず、
12 治兵不知九変之術、雖知五利不能得人之用矣、
 兵を治むるに九変の術を知らざれば、五利を知ると雖も人の用を得る能わず、
13 是故智者之慮、必雑於利害、
 是の故に智者の慮は必ず利害を雑(まじ)う、
14 雑於利而務可信也、
 利に雑えて務め信(の)ぶべきなり、
15 雑於害、而患可解也、
 害に雑えて患(うれ)い解くべきなり、
16 是故屈諸侯者以害、役諸侯者以業、趨諸侯者以利、
 是の故に諸侯を屈するは害を以てし、諸侯を役するは業を以てし、諸侯を趨(はし)しむるは利を以てす、
17 故用兵之法、無恃其不来、恃吾有以待也、無恃其不攻、恃吾有所不可攻也、
 故に用兵の法、其の来らざるを恃む無かれ、吾以て待つ有るを恃む、其の攻めざるを無かれ、吾攻むべからざるを恃む、
18 故将有五危、
 故に将に五危有り、
19 必死可殺也、
 必死は殺すべきなり、
20 必生可虜也、
 必生は虜とすべきなり、
21 忿速可侮也
 忿速は侮るべきなり、
22 廉潔可辱也、
 廉潔は辱(はずか)しむべきなり、
23 愛民可煩也、
 民を愛するは煩すべきなり、
24 凡此五者将之過也、用兵之災也、
 凡そ此の五は将の過ちなり、兵を用いるの災いなり、
25 覆軍殺将必以五危、不可之不察也、
 軍を覆(くつが)えし、将を殺すは必ず五危を以てする、察せざるべからず、


行軍 第九

孫氏曰凡処軍相敵、
 孫子曰く凡そ軍を処(お)き、敵を相(み)る、
絶山依谷、視生処高、戦降無登、此処山之軍也、
 山を絶(わた)り谷に依る、生を視て高きに処(お)る、降に戦い、登(のぼ)る無し、此れ山に処(お)るの軍なり、
絶水必遠水、
 水を絶(わた)るは必ず水に遠ざかる、
客絶水而来、勿迎之於水内、令半済而撃之利、
 客水を絶(わた)りて来る、之を水内にて迎うる勿れ、半(なか)ば済(わた)らしめて之を撃てば利あり、
欲戦者無附水而迎客、
 戦わんと欲するものは水に附きて客を迎える無かれ、
視生処高、
 生を視て高きに処る、
無迎水流、
 水流を迎えること無かれ、
此処水上之軍也、
 此れ水の上(ほとり)に処るの軍なり、
絶斥沢、惟亟去無留、
 斥沢(せきたく)を絶る(わたる)は、惟だ亟(すみやか)に去りて留まること無かれ、
10 若交軍於斥沢之中、必依水草而背衆樹、
 若し軍を斥沢の中に交えれば、必ず水草に依(よ)り、衆樹を背にせよ。
11 此処斥沢之軍也、
 此れ斥沢に処るの軍なり、
12 平陸処易、右背高、前死後生、此処平陸之軍也、
 平陸易に処る、高を右背にし、死を前にし生を後にす、此れ平陸に処るの軍なり、
13 凡此四軍之利、黄帝之所以勝四帝也、
 凡そ此の四軍之利、黄帝の四帝に勝つ所以なり、
14 凡軍好高而悪下、貴陽而賎陰、養生而処実、軍無百疾是謂必勝、
 凡そ軍高を好み下を悪む、陽を貴び陰を賎(いや)しむ、生を養い実に処る、軍に百疾無し是を必勝と謂う、
15 丘陵隄防必処其陽、而右背之、
 丘陵隄防は必ず其の陽に処り、之を右背にす、
16 此兵之利、地之助也、
 此れ兵の利、地の助けなり。
17 上雨水沫至、欲渉者待其定也、
 上(かみ)雨ふりて水沫(すいまつ)至る、渉(わた)らんと欲する者其の定むるを待つ、
18 凡地有絶澗、天井、天牢、天羅、天陥、天隙、必亟去之勿近也、吾遠之敵近之、吾迎之敵背之、
 凡そ地に絶澗(ぜっかん)、天井(てんせい)、天牢、天羅(てんら)、天陥、天隙有らば、必ず亟かに之を去り近づく勿れ、吾之を遠ざけ敵之に近ずく、吾之を迎え敵之を背にす、
19 軍行有険阻、潢井、葭葦、山林、蘙薈者、必謹覆索之、此伏姦之所処也、
 軍行に険阻、潢井(こうせい)、葭葦(かい)、山林、蘙薈(えいわい)有れば、必ず謹み之を覆索せよ、此れ伏姦の処る所なり、
20 近而静者、恃其険也、
 近くして静かなるは、其の険を恃むなり、
21 遠而挑戦者、欲人之進也、
 遠くして戦いを挑むは人の進むを欲するなり、
22 其所居易者利也、
 其の居る所易なるは利なり、
23 衆樹動者来也、
 衆樹動くは来るなり、
24 衆草多障者疑也、
 衆草多く障(さえぎ)るは疑わしむるなり、
25 鳥起者伏也、
 鳥起こるは伏なり、
26 獣駭者覆也、
 獣駭(おどろ)くは覆(ふ)なり、
27 塵高而鋭者車来也、
 塵高く鋭なるは車来るなり、
28 卑而広者、徒来也、
 卑(ひく)くして広きは徒(かち)来るなり、
29 散而条達者樵採也、
 散じて条達するは(1)樵採(しょうさい)なり、
30 少而往来者営軍也、
 少なくして往来するは軍を営するなり、
31 辞卑而益備者進也、
 辞卑(ひく)くして備を益すは進むなり、
32 辞強而進駆者退也、
 辞強くして進駆するは退くなり、
33 軽車先出居其側者陳也、
 軽車先に出て其の側(かたわら)に居るは陳するなり、
34 無約而請和者謀也、
 約無くて和を請うは謀なり、
35 奔走而陳兵車者期也、
 奔走して兵車を陳するは期するなり、
36 半進半退者誘也、
 半(なか)ば進み半ば退くは誘(おび)くなり、
37 杖而立者飢也、
 杖つきて立つは飢えるなり、
38 汲而先飲者渇也、
 汲(く)んで先ず飲むは渇するなり、
39 見利而不進者労也、
 利を見て進まざるは労するなり、
40 鳥集者虚也、
 鳥の集(とま)るは虚なり、
41 夜呼者恐也、
 夜呼ぶは恐るるなり、
42 軍擾者、将不重也、
 軍擾(みだ)れるは将重からざるなり、
43 旌旗動者乱也、
 旌旗(せいき)動くは乱るなり、
44 吏怒者倦也、
 吏怒るは倦(つか)れたるなり、
45 殺馬肉食者、軍無糧也、
 馬を殺して肉食するは、軍糧無きなり、
46 懸缻不返其舎者、窮寇也、
 缻(ふ)を懸(か)けて其の舎に返らざるは窮寇なり、
47 諄諄翕翕徐与人言者、失衆也、
 諄諄(じゅんじゅん)翕翕(きゅうきゅう)と徐(ゆるやか)に人と言うは衆を失うなり、
48 数賞者窘也、
 数(しばしば)賞するは、窘(くるし)むなり、
49 数罰者困也、
 数罰するは困するなり、
50 先暴而後畏其衆者、不精之至也、
 先に暴にして後に其の衆を畏るは不精の至りなり、
51 来委謝者、欲休息也、
 来たりて委謝するは休息を欲するなり、
52 兵怒而相迎、久而不合、又不相去、必謹察之、
 兵怒りて相(とも)に迎え、久しくして合わず、又相に去らず、必ず謹みて之を察せよ、
53 兵非益多也、惟無武進足以併力、料敵取人而已、
 兵多きを益すに非ざるなり、惟だ武進無くして以て力を併(あわ)するに足るは、敵を料(はか)り人に取るのみ、
54 夫惟無慮、而易敵者、必擒於人
 夫れ惟だ慮無く、敵を易(あなど)るは、必ず人に擒(とりこ)にせらる、
55 卒未親附、而罰之則不服、不服則難用也、
 卒未だ親附せず、而して之を罰すれば則ち服さず、服さざれば則ち用い難し、
56 卒已親附、而罰不行、則不可用也、
 卒已に親附す、而して罰行われず、則ち用いるべからず、
57 故令之以文、斉之以武、是謂必取、
 故に之を令するに文を以てし、之を斉うに武を以てす、是必取と謂う、
58 令素行、以教其民、則民服、
 令素(もと)より行わる、以て其の民を教えれば則ち民服す、
59 令不素行、以教其民、則民不服、
 令素(もと)より行れず、以て其の民を教えれば、則ち民服せず、
60 令素行者、与衆相得也、
 令素より行なわるるは、衆と相い得るなり、


地形 第十

孫子曰、地形有通者、有挂者、有支者、有隘者、有険者、有遠者、
 孫子曰く、地形に通ずるもの有り、挂(か)かるもの有り、支(ささ)えるもの有り、隘(せま)きもの有り、険(けわ)しきもの有り、遠きもの有り、
我可以往彼可以来、曰通、
 我以て往くべく、彼以て来るべし、通と曰う、
通形者先居高陽、利糧道以戦則利、
 通形は先ず高陽に居りて、糧道を利し以て戦えば則ち利あり、
可以往難以返、曰挂、
 以て往くべく以て帰り難し、挂(けい)と曰う、
挂形者、敵無備出而勝之、敵若有備出而不勝、難以返不利、
 挂形は敵備無ければ出て之に勝ち、敵若し備有れば出て勝たず、以て帰り難く利ならず、
我出而不利、彼出而不利、曰支、
 我出でて利ならず、彼出でて利ならず、支と曰う、
支形者敵雖利我、我無出也、引而去之、令敵半出而撃之利、
 支形は敵我を利すと雖も、我出ずる無きなり、引きて之を去り、敵をして半ば出しめて之を撃てば利あり、
隘形者、我先居之、必盈以待敵、若敵先居之、盈而勿従、不盈而従之、
 隘(あい)形は、我先ず之に居り、必ず盈(みた)して敵を待つ、若し敵先に之に居れば、盈せば従う勿れ、盈さざれば之に従う、
険形者、我先居之、必居高陽以待敵、若敵先居之、引而去之勿従也、
 険形は、我先に之に居り、必ず高陽に居りて以て敵を待つ、若し敵先に之に居れば、引きて之を去り従う勿きなり。
10 遠形者勢均難以挑戦、戦而不利、
 遠形は勢均しきは以て戦を挑み難し、戦いて利ならず、
11 凡此六者地之道也、将之至任、不可不察也、
 凡そ此の六は地の道なり、将の至任、察せざるべからず、
12 故兵有走者、有弛者、有陥者、有崩者、有乱者、有北者、凡此六者非天地之災、将之過也、
 故に兵に走るもの有り、弛(ゆる)むもの有り、陥るもの有り、崩るもの有り、乱るもの有り、北(にぐ)るもの有り、凡そ此の六は天地の災に非ず、将の過ちなり、
13 夫勢均以一撃十曰走、
 夫れ勢均しく一以て十を撃つを走と曰う、
14 卒強吏弱曰弛、
 卒強く吏弱きを弛と曰う、
15 吏強卒弱曰陥、
 吏強く卒弱きを陥と曰う、
16 大吏怒而不服、遇敵懟而自戦、将不知其能、曰崩、
 大吏怒りて服さず、敵に遇い懟(うら)みて自ら戦う、将其の能を知らず、崩と曰う、
17 将弱不厳、教道不明、吏卒無常、陳兵縦横、曰乱、
 将弱く厳ならず、教道明ならず、吏卒常無く、兵を陳すること縦横なる、乱と曰う、
18 将不能料敵、以少合衆、以弱撃強、兵無選鋒、曰北、
 将敵を料る能わず、少以て衆に合わせ、弱以て強を撃つ、兵選鋒無し、北と曰う、
19 凡此六者敗之道也、将之至任、不可不察也、
 凡そ此の六は敗の道なり、将の至任、察せざるべからず、
20 夫地形者兵之助也、料敵制勝、計険阨遠近上将之道也、
 夫れ地形は兵の助なり、敵を料り勝を制し、険阨(けんあい)遠近を計るは上将の道なり、
21 知此而用戦者必勝、不知此而用戦者必敗、
 此を知りて戦に用いる者は必ず勝つ、此を知りて戦に用いざる者は必ず敗る、
22 故戦道必勝、主曰無戦必戦可也、戦道不勝、主曰必戦無戦可也、
 故に戦の道必勝ならば、主戦う無かれと曰うとも必ず戦いて可なり、戦の道勝たずんば、主必ず戦えと曰うとも戦う無くして可なり、
23 故進不求名、退不避罪、惟民是保而利於主、国之宝也、
 故に進みて名を求めず、退きて罪を避けず、惟だ民是保ち主に利あるは、国の宝なり、
24 視卒如嬰児、故可与之赴深渓、視卒如愛子、故可与之倶死、
 卒を視る嬰児(えいじ)の如し、故に之と深渓に赴くべし、卒を視る愛子の如し、故に之と倶(とも)に死すべし、
25 厚而不能使、愛而不能令、乱而不能治、譬若驕子、不可用也、
 厚くして使う能わず、愛して令する能わず、乱れて治める能わず、譬えば驕子の若し、用うべからざるなり、
26 知吾卒之可以撃、而不知敵之不可撃、勝之半也、知敵之可撃、而不知吾卒之不可以撃、勝之半也、知敵之可撃、知吾卒之可以撃、而不知地形之不可以戦、勝之半也、
 吾が卒の以て撃つべきを知り、敵の撃つべからざるを知らざるは、勝の半ばなり、敵の撃つべきを知り、吾が卒の以て撃つべからざるを知らざるは、勝の半ばなり、敵の撃つべきを知り、吾が卒の以て撃つべきを知りて、地形の以て戦うべからざるを知らざるは、勝の半ばなり、
27 故知兵者動而不迷、挙而不窮、
 故に兵を知る者は動きて迷わず、挙げて窮せず、
28 故曰知彼知己勝乃不殆、知天知地勝乃可全、
 故に彼を知り己を知れば勝乃ち殆うからず、天を知り地を知れば勝乃ち全かるべし、


九地 第十一

孫子曰用兵之法、有散地、有軽地、有争地、有交地、有衢地、有重地、有圮地、有囲地、有死地、
 孫子曰く兵を用いるの法、散地有り、軽地有り、争地有り、交地有り、衢地(くち)有り、重地有り、圮地(ひち)有り、囲地有り、死地有り、
諸侯自戦其地為散地、
 諸侯自ら其の地に戦う、散地と為す、
入人之地而不深者為軽地、
 人の地に入りて深からざるは軽地と為す、
我得則利、敵得亦利者為争地、
 我得れば則ち利、敵得れば亦利なるは争地と為す、
我可以往、彼可以来者為交地、
 我以て往(ゆ)くべく、彼以て来るべきは交地と為す、
諸侯之地三属、先至而得天下之衆者為衢地、
 諸侯の地三属す、先ず至りて天下の衆を得るは衢(く)地と為す、
入人之地深、背城邑多者為重地、
 人の地に入ること深く、城邑を背にすること多きは重地と為す、
行山林険阻沮沢凡難行之道者、為圮地、
 山林険阻沮凡そ行き難きの道を行くは、圮(ひ)地と為す、
所由入者隘、所従帰者迂、彼寡可以撃吾之衆者、為囲地、
 由りて入る所は隘(せま)く、従って帰る所は迂(う)にして、彼寡以て吾の衆を撃つべきは、囲地と為す、
10 疾戦則存、不疾戦則亡者為死地、
 疾(と)く戦えば則ち存し、疾く戦かわざれば則ち亡ぶは死地と為す、
11 是故散地則無戦、
 是の故に散地則ち戦うこと無かれ、
12 軽地則無止、
 軽地則ち止まること無かれ、
13 争地則無攻、
 争地則ち攻めること無かれ、
14 交地則無絶、
 交地則ち絶たるること無かれ、
15 衢地則合交、
 衢地則ち交を合わす、
16 重地則掠、
 重地則ち掠めよ、
17 圮地則行、
 圮地(ひち)は則ち行け、
18 囲地則謀、
 囲地則ち謀れ、
19 死地則戦、
 死地則ち戦え、
20 所謂古之善用兵者、能使敵人前後不相及、衆寡不相恃、貴賎不相救、上下不相収、卒離而不集、兵合而不斉、
 謂う所の古の善く兵を用いる者は、能く敵人をして前後相及ばず、衆寡相恃(たの)まず、貴賎相救わず、上下相収(おさま)らず、卒離れて集まらず、兵合いて斉(ととの)わざらしむ、
21 合於利而動、不合於利而止、
 利に合いて動き、利に合わずして止まる、
22 敢問、敵衆整而将来、待之若何、
 敢えて問う、敵衆整にして而将に来らんとす、之を待つ若何、
23 曰先奪其所愛則聴矣、
 曰く先ず其の愛する所を奪えば則ち聴く、
24 兵之情主速、乗人之不及、由不虞之道、攻其所不戒也、
 兵の情速(すみ)やかなるを主とす、人の及ばざるに乗り、不虞の道に由り、其の(1)戒(まも)らざる所を攻めるなり、
25 凡為客之道、深入則専主人不克、
 凡そ客たるの道、深く入れば則ち専らにして主人克(か)たず、
26 掠於饒野三軍足食、謹養而勿労、併気積力、運兵計謀、為不可測、投之無所往、死且不北、
 饒野(じょうや)に掠(かす)め三軍食を足す、謹みて養ない労すること勿れ、気を併(あわ)せ力を積む、兵を運(めぐ)らし謀を計り、測るべからざるを為す、之を往く所無きに投ずれば、死すとも且に北(に)げざらんとす、
27 死焉不得、士人尽力、兵士甚陥則不懼、
 死焉(いずく)んか得ざらん、士人力を尽す、兵士甚だ陥いるときは則ち懼れず、
28 無所往則固、入深則拘、不得已則闘、
 往く所無ければ則ち固し、入ること深ければ則ち拘(こう)す、已むを得ざれば則ち闘う、
29 是故其兵不修而戒、不求而得、不約而親、不令而信、
 是の故に其の兵修らずして戒む、求めずして得る、約せずして親しむ、令せずして信ず、
30 禁祥去疑、至死無所之、
 祥(しょう)を禁じ疑を去る、死に至るまで之く所無し、
31 吾士無余財、非悪貨也、無余命、非悪寿也、
 吾が士余財無し、貨を悪むに非ざるなり、余命無し、寿を悪むに非ざるなり、
32 令発之日、士卒坐者涕霑襟、偃臥者涕交頤、
 令発するの日、士卒坐する者は涕(なみだ)襟(えり)を霑(うるお)し、(1)偃臥(えんが)する者は涕頤(あご)に交わる、
33 投之無所往者、諸劌之勇也、
 之を往く所無きに投ずれば、諸劌(しょけい)の勇なり、
34 故善用兵者、譬如率然、率然者常山之蛇也、撃其首則尾至、撃其尾則首至、撃其中則首尾倶至、
 故に善く兵を用いる者は、譬えば率然の如し、率然は常山の蛇なり、其の首を撃てば則ち尾至る、其の尾を撃てば則ち首至る、其の中を撃てば則ち首尾倶(とも)に至る、
35 敢問、兵可使如率然乎、
 敢えて問う、兵率然の如くならしむべきか、
36 曰可、夫呉人与越人相悪也、当其同舟而済遇風、其相救也如左右手、
 曰く可、夫れ呉人越人と相悪むや、其の舟を同じくして済(わた)り風に遇えば、其の相救うや左右の手の如し、
37 是故方馬埋輪未足恃也、
 是の故に馬を方(つな)ぎ輪を埋めるは未だ恃(たの)むに足らざるなり、
38 斉勇若一、政之道也、
 勇を斉え一の若くなるは、政の道なり、
39 剛柔皆得、地之理也、
 剛柔皆得るは、地の理なり、
40 故善用兵者、携手若使一人、不得已也、
 故に善く兵を用いる者は、手を携(たずさ)えるがごとく一人を使うが若し、已むを得ざるなり、
41 将軍之事、静以幽、正以治、
 将軍の事、静以て幽、正以て治まる、
42 能愚士卒之耳目、使之無知、
 能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ、
43 易其事革其謀使人無識、
 其の事を易(か)え其の謀を革(あらため)て人をして識(し)ること無からしむ、
44 易其居迂其途、使人不得慮、
 其の居を易(か)え其の途を迂にして、人をして慮るを得ざらしむ、
45 帥与之期、如登高而去其梯、
 帥(ひき)いて之と期するは、高きに登りて其の梯を去るが如し、
46 帥与之深入諸侯之地、而発其機、若駆群羊、駆而往、駆而来、莫知所之、
 帥いて之と深く諸侯の地に入りて、其の機を発す、群羊を駆るが若し、駆られて往き、駆られて来る、之(ゆ)く所を知る莫し、
47 聚三軍之衆投之於険、此将軍之事也、
 三軍の衆を聚(あつ)めて之を険に投ずるは、此れ将軍の事なり、
48 九地之変、屈伸之利、人情之理、不可不察也、
 九地の変、屈伸の利、人情の理、察せざるべからず、
49 凡為客之道、深則専、浅則散、
 凡そ客と為るの道、深ければ則ち専らに、浅ければ則ち散ず、
50 去国越境而師者、絶地也、
 国を去り境を越えて師するは、絶地なり、
51 四達者衢地也、
 四達は衢地なり、
52 入深者重地也、
 入ること深きは重地なり、
53 入浅者軽地也、
 入ること浅きは軽地なり、
54 背固前隘者囲地也、
 固を背にし隘を前にするは囲地なり、
55 無所往者死地也、
 往く所無きは死地なり、
56 是故散地、吾将一其志、
 是の故に散地は、吾将(まさ)に其の志を一にせんとす、
57 軽地吾将使之属、
 軽地は吾将に之をして属(つづ)かしめんとす、
58 争地則吾将趨其後、
 争地は則ち吾将に其の後に趨んとす、
59 交地吾将謹其守、
 交地は吾将に其の守りを謹まんとす、
60 衢地吾将固其結
 衢地は吾将に其の結(むす)びを固くせんとす、
61 重地吾将継其食
 重地は吾将に其の食を継がんとす、
62 圮地吾将進其途、
 圮地は吾将に其の途を進めんとす、
63 囲地吾将塞其闕、
 囲地は吾将に其の闕(けつ)を塞がんとす、
64 死地吾将示之以不活、
 死地は吾将に之に示すに活きざるを以てせんとす、
65 故兵之情囲則禦、不得已則闘、過則従、
 故に兵の情囲まるれば則ち禦ぐ、已むを得ざれば則ち闘う、過ぎれば則ち従う、
66 是故不知諸侯之謀者、不能預交、
 是の故に諸侯の謀を知らざる者は預(あらかじ)め交わる能わず、
67 不知山林険阻沮沢之形者、不能行軍、
 山林険阻沮(そ)沢の形を知らざる者は軍を行(や)る能わず、
68 不用郷導者、不能得地利、
 郷道を用いざる者は地の利を得る能わず、
69 四五者不知一、非覇王之兵也、
 四五の一を知らざるは、覇王の兵に非ざるなり、
70 夫覇王之兵、伐大国、則其衆不得聚、威加於敵、則其交不得合、
 夫れ覇王の兵、大国を伐つときは、則ち其の衆聚(あつ)まることを得ず、威敵に加わる時は、則ち其の交合うを得ず、
71 是故不争天下之交、不養天下之権、信己之私威加於敵、故其城可抜其国可堕、
 是の故に天下の交を争わず、天下の権を養わず、己の私を信(の)べて威敵に加わる、故に其の城抜くべく其の国堕(やぶ)るべし、
72 施無法之賞、懸無政之令、
 無法の賞を施し、無政の令を懸く、
73 犯三軍之衆、若使一人、
 三軍の衆を犯(もち)いる、一人を使うが如し、
74 犯之以事、勿告以言、
 之を犯(もち)いるに事以てし、告ぐるに言以てすること勿れ、
75 犯之以利、勿告以害、
 之を犯いるに利を以てし、告ぐるに言以てすること勿れ、
76 投之亡地、然後存、陥之死地、然後生、
 之を亡地に投じて、然る後に存し、之を死地に陥れて、然る後に生ず、
77 夫衆陥於害、然後能為勝敗、
 夫れ衆害に陥いり、然る後能く勝敗を為す、
78 故為兵之事、在順詳敵之意、幷敵一向、千里殺将、是謂巧能成事、
 故に兵の事を為すは、敵の意に順詳するに在り、敵を一向に幷(あわ)すれば、千里に将を殺す、是れ巧みに能く事を成すと謂う、
79 是故政挙之日、夷関折符、無通其使、
 是の故に政挙の日、関を夷(やぶ)り符を折り、其の使を通ずること無し、
80 厲於廊廟之上、以誅其事、
 廊廟(ろうびょう)の上に厲(はげ)み、以て其の事を誅(せめ)る、
81 敵人開闔、必亟入之、
 敵人開闔(かいこう)すれば、必ず亟(すみやか)に之に入る、
82 先其所愛、微与之期、
 其の愛する所を先にし、微(ひそ)かに之と期する、
83 践墨随敵、以決戦事、
 墨を践(ふ)み敵に随(したが)う、以て戦の事を決す、
84 是故始如処女、敵人開戸、後如脱兎、敵不及拒、
 是の故に始めは処女の如し、敵人戸を開く、後は脱兎の如し、敵拒(ふせ)ぐに及ばず、


火攻 第十二

孫子曰、凡火攻有五、
 孫子曰く、凡そ火攻五有り、
一曰、火人、
 一に曰く、人に火つくる、
二曰、火積、
 二に曰く、積(し)に火つくる、
三曰、火輜、
 三に曰く、輜(し)に火つくる、
四曰、火庫、
 四に曰く、庫に火つくる、
五曰、火隊、
 五に曰く、隊に火つく、
行火必有因、
 火を行うには必ず因有り、
煙火必素具、
 煙火必ず素(もと)より具(そな)う、
発火有時、起火有日、
 火を発すること時有り、火を起こすこと日有り、
10 時者天之燥也、
 時は天の燥(かわ)けるなり、
11 日者月在箕壁翼軫也、凡此四宿者風起之日也、
 日は月(1)箕(き)(2)壁(へき)(3)翼(よく)(4)軫(しん)に在るなり、凡そ此の四宿は風起こるの日なり、
12 凡火攻必因五火之変、而応之、
 凡そ火攻は必ず五火の変に因りて、之に応ず、
13 火発於内、則早応之於外、
 火内に発すれば則ち早く之に外に応ず、
14 火発兵静者待而勿攻、
 火発し兵静なるは待ちて攻めること勿れ、
15 極其火力、可従而従之、不可従而止、
 其の火力を極め、従うべくして之に従い、従うべからずして止む、
16 火可発於外、無待於内、以時発之、
 火外に発すべくんば、内に待つこと無く、時を以て之を発す、
17 火発上風無攻下風、
 火上風に発せば下風を攻めること無かれ、
18 昼風久、夜風止、
 昼の風は久しく、夜の風は止(や)む、
19 凡軍必知五火之変、以数守之、
 凡そ軍は必ず五火の変を知りて、数以て之を守る、
20 故以火佐攻者明、以水佐攻者強、水可以絶不可以奪、
 故に火以て攻めることを佐くるは明らかなり、水以て攻めることを佐くるは強し、水以て絶つべく以て奪うべからず、
21 夫戦勝攻取、而不修其功者凶、命曰費留、故曰、明王慮之、良将修之、
 夫れ戦に勝ち攻め取りて、其の功を修めざる者は凶(あ)し、命(なづ)けて費留と曰う、故に曰く、明王之を慮る、良将之を修む、
22 非利不動、非得不用、非危不戦、
 利に非ざれば動かず、得に非ざれば用いず、危に非ざれば戦わず、
23 主不可以怒而興師、将不可以慍而致戦、合於利而動、不合於利而止、
 主怒を以て師を興すべからず、将慍以て戦いを致すべからず、利に合いて動き、利に合わずして止む、
24 怒可以復喜、慍可以復悦、亡国不可以復存、死者不可以復生、
 怒は以て復た喜ぶべし、慍は以て復た悦ぶべし、亡国は以て復た存すべからず、死者は以て復た生くべからず、
25 故明君慎之、良将警之、此安国全軍之道也、
 故に明君之を慎み、良将之を警(いまし)む、此れ国を安んじ軍を全くするの道なり、


用間 第十三

孫子曰、凡興師十万、出征千里、百姓之費、公家之奉、日費千金、
 孫子曰く、凡そ師を興すこと十万、千里に出征す、百姓の費、公家の奉、日に千金を費す、
内外騒動、怠於道路、不得操事者、七十万家、相守数年。以争一日之勝、
 内外騒動し、道路に怠る、事を操(と)るを得ざる者、七十万家、相い守ること数年、以て一日の勝を争う、
而愛爵禄百金、不知敵之情者、不仁之至也、非人之将也、非主之佐也、非勝之主也、
 而(しか)るに爵禄百金を愛(おし)み、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり、人の将に非ざるなり、主の佐に非ざるなり、勝の主に非ざるなり、
故明君賢将、所以動而勝人、成功出於衆者、先知也、
 故に明君賢将、動きて人に勝ち、功を成す衆に出る所以は先知なり、
先知者、不可取於鬼神、不可象於事、不可験於度、必取於人、知敵之情者也、
 先知は、鬼神に取るべからず、事に象(かたど)るべからず、度に験(こころ)むべからず、必ず人に取りて、敵の情を知る者なり、
故用間有五、有郷間、有内間、有反間、有死間、有生間、
 故に間を用いるに五有り、郷間有り、内間有り、反間有り、死間有り、生間有り、
五間倶起、莫知其道、是謂神紀、人君之宝也、
 五間倶(とも)に起こる、其の道を知る莫し、是神紀と謂う、人君の宝なり、
郷間者因其郷人而用之、
 郷間は其の郷人に因りて之を用う、
内間者因其官人而用之、
 内間は其の官人に因りて之を用う、
10 反間者因其敵間而用之、
 反間は其の敵間に因りて之を用う、
11 死間者、為誑事於外、令吾間知之、而伝於敵間也、
 死間は、誑事(きょうじ)を外に為して、吾間をして之を知り、敵の間に伝えしむなり、
12 生間者反報也、
 生間は反りて報ずるなり、
13 故三軍之事、莫親於間、
 故に三軍の事、間より親しきは莫し、
14 賞莫厚於間、
 賞間より厚きは莫し、
15 事莫密於間、
 事間より密は莫し、
16 非聖知、不能用間、
 聖知に非ざれば、間を用いること能わず、
17 非仁義、不能使間、
 仁義に非ざれば、間を使うこと能わず、
18 非微妙、不能得間之実、
 微妙に非ざれば、間の実を得ること能わず、
19 微哉微哉、無所不用間也、
 微なる哉(かな)微なる哉(かな)、間を用いざる所無し、
20 間事未発而先聞者、間与所告者皆死、
 間の事未だ発せずして先ず聞こゆるは、間と告ぐる所の者と皆死す、
21 凡軍之所欲撃、城之所欲攻、人之所欲殺、必先知其守将左右謁者門者舎人之姓名、令吾間必索知之、
 凡そ軍の撃たんと欲する所、城の攻めんと欲する所、人の殺さんと欲する所、必ず先ず其の守将左右謁者門者舎人之姓名を知る、吾が間をして必ず索(もと)めて之を知らしむ、
22 必索敵間之来間我者、因而利之、導而舎之、故反間可得而使也、
 必ず敵間の来りて我を間する者を索めて、因りて之を利し、導きて之を舎す、故に反間得て使うべきなり、
23 因是而知之、故郷間内間可得而使也、
 是に因りて之を知る、故に郷間内間得て使うべきなり、
24 因是而知之、故死間為誑事可使告敵、
 是に因りて之を知る、故に死間誑事を為して敵に告げしむべし、
25 因是而知之、故生間可使如期、
 是に因りて之を知る、故に生間期の如くならしむべし、
26 五間之事主必知之、
 五間の事主必ず之を知る、
27 知之必在於反間、故反間不可不厚也、
 之を知ることは必ず反間に在り、故に反間厚くせざるべからざるなり、
28 昔殷之興也伊摯在夏、周之興也呂牙在殷、故惟明君賢将能以上智為間者、必成大功、
 昔殷の興りしや伊摯(いし)夏に在り、周の興りしや呂牙(りょが)殷に在り、故に惟(ただ)明君賢将のみ能く上智を以て間者と為りて、必ず大功を成す、
29 此兵之要、三軍之所恃而動也、
 此れ兵の(かなめ)、三軍の恃みて動く所なり、